こんにちは。夢中図書館へようこそ!
館長のふゆきです。
今日の夢中は、15年前のある出来事を記念(?)して、ザ・スミスの1stアルバム「ザ・スミス」をとり上げます。
■今日は何の日
日本を代表するロック・フェスティバル「Fuji Rock Festival」。
「フジロック」という愛称で知られています。日本のロックフェスの先駆けですね。
つい先ごろも、23回目となる「フジロック2019」が開催されて、大いに盛り上がりました。
今回のヘッドライナーは、ケミカル・ブラザーズに、ザ・キュアー!
行きたかったなぁ、フジロック…。
やっぱり大物が来ると盛り上がりますよね。そうそう、普通来るよね、ヘッドライナー。
しかし、「フジロック2004」では、まさかの事態が起きました…。
その日に起きた出来事やミュージシャンの誕生日などを記載しているタワレコ手帳。
8月1日のページには、こんな出来事が記載されています。
8月1日 モリッシーの代役としてスミスのトリビュート・バンドがフジロックに登場(2004)
そうか、15年前の今日だったのか…。
フジロックの歴史に残る悲劇。フジロック2004のヘッドライナー、モリッシー(元ザ・スミス)のドタキャン事件。
今日は、そんな悲劇を拭い去るべく、あえて、モリッシーが在籍していた伝説のバンド「ザ・スミス」を取り上げます。
そのデビュー・アルバム「ザ・スミス」を聴きながら、当時を振り返りましょう。
■フジロック2004
2004年のフジロックは、7月30日、31日、8月1日の3日間の開催。
モリッシーは、その最終日のヘッドライナー、大トリを任されていました。
そのモリッシーが来ませんでした。
なんと、開催の2週間前になって突然、フジロック出演のキャンセルを発表したのです…。
それはあまりに直前だったので、代わりの大物ミュージシャンを手配することは不可能。
そこで、主催者がとった奇手は、「ジーズ・チャーミング・メン」というザ・スミスのコピーバンドをサプライズ出演させること…。
すごいな、フジロック…。大トリでこんな冗談みたいなこと、よくやるよな…。
それでも、ザ・スミスの曲が会場に流れたとき、観客たちはお祭り気分もあって盛り上がったのだとか。
モリッシーには申し訳ないんだけど、ソロよりザ・スミスが好きなんだよね。
文学青年モリッシーの絡みつくボーカルもいいんだけど、ジョニー・マーのギターが無いと、物足りない。
80年代に活躍した伝説のロック・バンド、ザ・スミス。
その魅力は、モリッシーの文学的な歌詞とジョニー・マーの美しいギターの響き。
実質的な活動期間は5年しかありませんでしたが、英国の若者を中心に絶大な支持を受けました。
そのデビューアルバムが、バンド名を冠した「ザ・スミス」(1984年)です。
バンドは解散しても、その音楽は鳴り続けます。
モリッシーがいくらやらかしたとしても、ファンはやっぱりザ・スミスを聴き続けます。
15年前の悲劇を振り返って、今日は35年前の名盤「ザ・スミス」を聴きましょう。
■ザ・スミス
それでは、ザ・スミスの記念すべきデビュー・アルバム「ザ・スミス」から個人的なおススメです。
まずは1曲め「リール・アラウンド・ザ・ファウンテン」。
アルバムの最初の曲にして、スミス伝説の始まりを告げるメロウなナンバー。
文学青年モリッシーの面目躍如、深遠な言葉が並びます。
Reel around the fountain(噴水の周りをまわって)
Slap me on the patio(中庭で僕を叩いて)
I'll take it now(今の僕なら受け容れられるさ)
※ふゆき訳
続いて8曲め「ハンド・イン・グローブ」。
マーの美しいギターのイントロが印象的な、バンドの記念すべき1stシングル。
これがラジオDJジョン・ピールの目に留まったことがバンドの飛躍の始まりでした。
そして6曲め「ジス・チャーミング・マン」。
フジロック2004で突然ヘッドライナーを務めたコピーバンド(ジーズ・チャーミング・メン)が、この曲からバンド名をつけたのは明らかですね。
マーの弾むギターの音色とモリッシーのねっとり絡みつくボーカル。これぞ、ザ・スミスの魅力と言うべき、バンドの代表曲です。
ザ・スミス、やっぱりイイわぁ…。
35年前とは思えない、色褪せない美しいメロディ。そして文学青年がつむぐ歌詞。
フジロック2004のやらかしは許されるものじゃないけど、35年前のこのアルバムはすべてを癒してくれる。そんなやさしさに満ちあふれています。
ありがとう、ザ・スミス! もうやらかさないで、モリッシー!